JUNK WORLD

■文




妖怪が好きな、テレビというもの。
ピカピカ光る、綺麗なもの。
腹を満たす、美味しいもの。

全てが楽しくて、嬉しくて、夢中になって求め続けた。

やがて色んなものが解かるようになり、意味を知り、さらに興味は募った。
欲しいと思う。
何もかもが欲しいと思う。

けれどそれは、自然に、自らの内に生まれたものではなかった。
奪い取ったものだった。

愛しいと、恋しいと思う、あの綺麗な目をした、彼から。




―――――だからもうおわりにしよう







うつせ







抵抗は弱弱しかった。
昨日は嫌だと殴りつけてきたのに、ほんのちょっと腕を抑えただけで、身動きすら取れなくなっている。
角度を変えて、深く、舐める。
必死に首を振って逃れようとするが、許さなかった。
人が愛しいと告げるための行為だと、テレビで知った。
その人に触れることが、言い知れぬ幸福だと、この身で知った。

「・・・うしお、」

唇を離して、正面から顔を覗き込む。
ようやく開放されて苦しそうに息をつく少年は、じっとこちらを凝視していた。
表情がないから解からない。
この目がいったい何を訴えているのか、解からない。

「どうやったら、いい?」

少年の幼い頬を優しく撫でてやりながら、出来るだけ穏やかな声を出す。
しばらくすれば、少年の呼吸も静かになる。
うしおが元に戻る方法は、きっと先ほど自分が口にした方法で間違いないはずだ。
けれど、どうすれはいいのか解からない。
ここまで弱りきった少年の力で他人の命を奪うのは、そう容易いことではないだろう。
きっと、自殺では駄目なのだ。
本能的に解かる。
この少年が、自ら手を下さなければ、ならないのだ。

「どうやったら、できる?」

額を、頬を擦り付けながら、ゆっくりと囁く。
出来ればもっと、いやずっと、この目を見て居たかった。
一緒に笑ってみたかった。
この少年のそばに居続けることが出来れば、それ以上の幸せはないだろう。
けれど、それでは駄目なのだ。
どちらかでなければ、駄目なのだ。

「・・・・どっちかしか残れねぇなら、」




お前が、残れ。




愛しいとはじめに思ったのは、いつだっただろう。
心というものがこちら側に動いた当初は、哀れだとしか思わなかった。
自分が奪い取っていることを知らなかったから、単純に弱って行く彼がかわいそうだと思った。
それからしばらく経って、金色の妖怪が何かと理由をつけて彼にまとわりついて、
表情すらなくしてしまったはずの彼が、喜んだり怒ったり、色んな感情を妖怪にぶつけるのが、うらやましくなった。
それでも話しかければ無視されたし、酷いときには殴られたから、簡単に近づけなくて、それで余計に近づきたい欲求だけが強くなった。
金色の妖怪がよく見ていた、テレビとか言うものを一緒に見るようになって、人の愛だとか憎しみだとかいう感情を表面上理解しだして、それで思った。

奪い続けて、何もかもを手に入れようとしたオレは、その人の感情までも欲しいと思ったんだ。




愛情が欲しいと思ったんだ。




細い首に、手をかけた。
全身の体重をかけて、少しの空気も吸い込めないように。
自分の手の上に重ねられた同じ大きさの手は、いっさいの抵抗を見せなかった。
やがてそれは力を失い、色を失い、微かな体温を残して、ぱたりと畳に落ちた。
けれど、まだ駄目。

離したら駄目。

――――動かなくなっても、消えるまで離さないで

身体がそこにあるうちは、きっとまだ終ってないから。
もともと何も無いものだったのだから、全部消えてしまうまで、終わりではないから。




それまで、決して手を離さないで。




口の中に、まだ感触が残っていた。
いきなりキスされた。
気色が悪いと思って、抵抗しようともがいた。
でもその内に、悲しいと思う感情の方が強くなって、抵抗が出来なくなった。
目の前の同じ顔は泣いていて、何度もキスを繰り返しながら、自分の名前を呼んできた。
泣きながら、何度も愛しいと、死なないでと、呼びかけてきた。

ぽたりと、涙が落ちた。

息をしなくなった顔の上に落ちて流れて、頬に残っていた涙と、混ざり合った。

「・・・う、ぁ・・・・」

呻き声が、喉から漏れた。
白い頬は、もう動かない。
表情の一つだって、声の一言だって、発しない。

「・・・・ごめん・・・なぁ、」

あの時、名前をつけてやればよかった。
自分はうしおでないから、違う名前を欲しがっていると、金色の妖怪から聞いたとき、黒い感情しかわいてこなかった。
自分は失っていくばかりなのに、コイツはさらに他のものを欲するのかと、疎ましく思った。
ぼろぼろと涙が溢れて止まらなかった。
なんで、あの時名前をつけてやらなかったんだろう。
何でも良かった。
いつか、金色の妖怪につけてやったように、ただの思いつきでも良かったのに。
そうすれば、

「今、お前を呼んでやることも出来たのになァ・・・・・」

ばさりと、動きを止めた少年から、長い黒髪が抜け落ちた。
それと同時に、耳を劈くような槍の悲鳴が、鳴り響いた。

「・・・・・ッ!?」

とっさに飛び退く。
少年の形をしていたそれは、一瞬で黒い蔦のようなものに覆われたかと思うと、巨大な塊に姿を変え、こちらに襲い掛かってきた。

「くそ・・・ッ」

吐き捨てて、身を翻す。
鋭い爪のように変形した腕が、大きな音を上げて、畳の床を削り取った。
もうもうとほこりが舞う。
壁に立てかけていた槍を手にした途端、一瞬で髪が伸びた。
槍がいつもの声で、ついてくるか、と囁く。
いったんぎゅっと目を瞑り、それから勢いよく見開いた視界には、黒く蠢く妖怪の姿があった。

「いいぜ、お前が言うなら」

どこにだって、付き合ってやる。
叫ぶようにそう言って、少年は妖怪の身体に刃を付きたてた。




その光景を目にした瞬間、手出しは無用だと、理解した。

月も出ない夜空に、黒い大きな妖怪が舞い上がった。
妖怪が甲高い悲鳴を上げて、対峙する少年を威嚇する。
少年の手には、光のない晩にでも、ギラギラと光る槍があった。
長く伸びたいっさい曲のない黒い髪を翻し、人間でありながら、妖怪のそれよりも早い動きで確実に敵を追い込んでいく。
金色の妖怪は、そうした少年の動きを、満足そうに目で追っていた。
まるで闘うためだけに存在する魔物だ。
獲物だけしか見えていない、ギラギラと燃える、鋭い目の色。
それを飾る少年の顔、表情、手足、身体の全て。
美しいとすら、思う。

「――――あぁ、アレが、うしおだ」

腹の底から、わきあがる高揚感。
笑みは口角を持ち上げて、鋭い牙を覗かせる。

「よかったなぁ〜、戻ったのかよぉー」

断りもなく肩に乗る無礼者が、目に涙を溜めて呟いた。
金色の妖怪は、それを肩から弾き飛ばし、目を細めて笑った。
鋭い槍の切っ先が、ばさりと妖怪を両断する。
激しく身をよじりながら、二つに切り取られた妖怪が、断末魔の悲鳴を上げた。

「ふん、阿呆が」

塵と化した妖怪の残骸が、夜の空気に溶けていく。
ふっと力を失って、少年の身体が重力に従って落下をはじめる。
ふわりと飛び上がり、金色の妖怪は、小さなその身体を受け止めた。

「最後まで、気ィ抜くんじゃねーよ、ノロマ!」

いつもの悪態をついて、肩に担ぎ上げる。
少年の細い腕が抱きついてきて、微かに涙に震えた声が聞こえた。
妖怪は一気に不機嫌になって、チッと舌を鳴らしたが、先ほど小妖怪を弾き飛ばしたように、少年を放りだすことはなかった。
こうして弱っているときだけ、ほんの少しだけ、譲歩してやるのだ。
弱ったコイツは、つまらない。
だから早く戻るように、ほんの少し、無礼な態度も許してやる。

「いっつもいっつも、面倒ごとばっかり拾ってきやがって・・・・、馬鹿が」

低い声でそう言って、妖怪は一つ、小さく息をついた。








最期の、最後。
ずっと欲しかったものが、手に入ったような気がした。
世界が黒い闇に落ちて無くなるその瞬間まで、ずっと手を離さないで居てくれた。
それが幸せだと、「オレ」は思った。






だから君が泣く必要なんて、どこにもないんだよ。






うつせみ1/2/3/4


2010/08/08_うしおととら(空蝉4)

終わりです。
お付き合いいただき有難うございました。
我ながらなんと言う鬱展開・・・orz
妄想もここまで来れば立派なもんだよ!

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