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幾度も輪廻を繰り返した。 
けれど何度目覚めても、妖怪は人にはなれず、永遠に物の怪のままだった。 
 
 
 
 
 
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しわだらけの掌が、ぽとりと落ちた瞬間、記憶が一気になだれ込んできた。 
驚きに目を見張り、座敷に敷かれた布団の中へと視線を戻す。そこに横たわる年老いた男の死に顔は、どこまでも穏やかだ。 
男の名前は、うしお。陰陽の家系にある彼は、何十年も前に妖怪であった自分を捕らえ、式神にした。 
雷の化身として生まれたこの妖怪は、力こそあったが、さしたる名があったわけではない。 
わけもなく湧き上がる破壊衝動に身を任せ、目に付く大半の命を、国を破壊しつくした。妖怪は、言うなれば悪鬼だ。 
それでも尚、由緒ある家柄の当主であったこの男が、自分を生かし、固執した理由は―――― 
 
「うしお」 
 
何度も呼んだ名前を、また繰り返す。 
目を閉じたきり動かない男の頬に手を伸ばす。 
白い肌をした、なまめかしい女の腕。 
妖怪は、美しい女の姿に化けることを好んだ。男であれ女であれ、人間は美しい女に弱い。この姿は、そこに付け込むためのものだ。たいした理由などなかった。 
だが。この姿を初めて目にしたとき、男は驚きに目を見張った。その理由を、今更ながらに理解する。 
この女の姿は、『前の自分』と、あまりにもかけ離れている。 
 
「うしお」 
 
目の前の男が『今』の世界で、陰陽の家に生まれる、ずっと前。この世界ではない別の時間に、妖怪は男と出会っている。 
輪廻など、妖怪の身にも訪れるのか。 
白い指先で、死に絶えた男の頬をなでる。りん、と縁側に吊るされた風鈴が涼やかな音を立てた。 
男が家督を次に譲り、当主の座を辞したのは、ほんの半年ほど前のことだ。男は女に化けた妖怪と二人、片田舎の小さな屋敷に住んでいた。 
人と、人ならざるものと、ふたりきり。特に何でもない暮らしを、ただ静かに、穏やかに。 
男の頬はまだ温かかった。それを指先に感じ取った瞬間、妖怪の胸中に焦燥が灯る。 
ああ。今ならば。 
まだ。今ならば。 
美しい形をした妖怪の唇が、ふるりと震える。それは小さく、甘やかな吐息をついて。 
身を屈め、男に唇を寄せる。 
いまだ体温を残すこの体ならば、きっとまだ間に合う。 
男が死亡して、彼に抑圧されてきた本来の力が戻りつつある。今、この力を彼に吹き込めば。 
再びこの目は開かれる。 
 
「御免下さい」 
 
りん、と縁側の風鈴が鳴る。 
身を起して振り向くと、若草色の着物に身を包んだ妙齢の女が佇んでいる。淡い色の髪を結い上げ、そこで微笑む女には、覚えがあった。 
『今』ではなく、『前』に。 
 
「お前は、」 
「父の亡骸を、引き取りに参りました」 
 
口を開きかけた妖怪に、女は言う。娘。これが次代の当主。 
妖怪の背が、戦慄した。咄嗟に男の身体を抱き上げようとした腕が、別の力に押さえ込まれる。 
じりじりと光を迸らせながら妖怪を縛るそれは、結界だ。 
 
「・・・・今なら、間に合う」 
「駄目よ。そんなことをしたら、人でなくなってしまう」 
「それなら、わしが傍に」 
「駄目よ。出来ない」 
 
女の結界が、妖怪の肌を焼く。擬態した女の白い肌が焼き切られ、本来の黄金が露出する。 
妖怪は女を見た。女は微笑みながら、涙を零した。 
 
「ごめんなさいね。とらちゃん。『今』の私は、それを許してあげられないの」 
 
ああ。やっぱり。お前か。 
やはりここは、『次の世界』なのだな。 
 
「――――マユコ、」 
 
りん、と風鈴がなる。女の結界が、眩い閃光を放つ。 
意識は、そこで途切れた。 
 
 
 
 
 
 
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