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爪が折れた。 
 
不機嫌な声を出していた子供の姿が、ふっとよぎる。 
その時は、爪などどうでもいいではないかと思ったが、今こうしてみると、なるほど少し邪魔くさい。 
 
「あぁ、悪ィ」 
 
小さな手を引いて、子供が眉を寄せる。 
不恰好に折れた爪先の、その隙間に巻き込まれた金色の毛を、そっと解いて、子供はまたいつものように、ぱちんぱちん、と爪をはじき始めた。 
 
何かにしがみつこうとした拍子に、折れたのだと言っていたが、その時子供は、槍を使っていなかった。 
だから、傷が癒えるのも遅い。 
まぁ確かに、槍も己の関係ないところで付けられた傷にまで、責任を取ってやるいわれはない。 
不可抗力とは言え、それはこの子供の不注意、自業自得というやつだ。 
 
沈みかけた日の光が、部屋の中をくすんだ色に照らしている。 
いつも様々に形を変える子供の目は、今は一心に小さな爪先を睨みつけている。 
かすかに色の薄いまぶたには、長いまつげ。 
心臓の音にあわせて、かすかにかすかに揺れている。 
 
ぱちん、ぱちん 
 
子供が爪をはじく。 
細い手首の裏側に、うっすらと浮かんだ青い血管が、まつげの振動と同調する。 
 
どくん、どくん 
 
聞こえるはずもない子供の心音が、伝わってくる。 
 
 
 
 
 
あぁ、あの血は。 
きっとどんな酒よりも甘いのだろう。 
 
 
 
 
 
ぱちん 
 
子供がはっと顔を上げる。 
こちらに向いた大きな瞳が、少し不安げにゆれている。 
子供が気付かぬ間に、詰めた距離。 
熱い息が、鼻先をくすぐる。 
 
「つまんねーぞ、うしお。いつまでも爪ばっか見てんじゃネェ」 
 
その言葉に、子供は更に驚いたように目を見開いて、それからまた、指先に目を向ける。 
苛々して手をつかもうとするより早く、子供はおかしそうに口をゆがめ、笑った。 
 
「お前って、たまにスッゲー可愛いコト言うよな」 
 
こちらを向いた子供の目が、満足そうに笑っている。 
わけが解からずあっけに取られていると、子供の手が金色の毛に触れた。 
さらり、と毛をとく指の感触。 
毛先から上ってくる、子供の体温。 
 
くらりと、思考がゆれる。 
 
「まぁ確かに、爪なんかよりお前を見てた方が、ずっと楽しいけどな」 
 
ばぁか。 
お前の爪如きと、この大妖怪を同じにするんじゃねぇ。 
 
 
 
 
 
 
 
 
爪先から、心音
 
 
 
 
 
 
 
 
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