|  
 
 
 
 
紬 
 
 
 
学校で一番仲良かった友達に、彼女が出来てた。 
クラスの男連中の間では、やっかみなのか嫉妬なのか、かなり「微妙」な可愛さの女子だとか。 
それでも友達は、物凄く彼女を溺愛していて、彼女も、そいつの事がすごく好きで、朝から晩まで、ずっとずっと一緒に行動してる。 
 
なんて、ちっとも知らなかった。 
 
別に内緒にされていたわけじゃない。 
俺に教えないようにしてたわけじゃない。 
 
俺が知らなかっただけ。 
そこに、居なかったから。 
 
「なんだ、辛気クセェ顔しやがって、鬱陶しいな」 
 
金色の生き物が、吐き捨てるように言う。 
心が重たいと感じたのは、なぜだろうと経緯を探る。 
その答えは案外たやすく見つかった。 
 
取り残されている。 
自分だけ、違う世界に居る。 
 
学校の友達は、みんな毎日毎日文句を垂れながらも、確実に成長していってる。 
まっとうに。 
正しい中学生として。 
 
いつの間にか傷だらけになった両肩が、冷たい。 
抱き寄せるようにして縮まって、息を殺した。 
心が重く、冷たく、なぜか、熱い。 
ドロドロとしたものが、何もかもを飲み込んで、せり上がってくる。 
 
あぁ、どうしたら。 
こんなどうしようもない事。 
どうして飲み込めば。 
 
「うしお、何やってんだ、行くぞ」 
 
金色のアイツが、言う。 
低い声。 
嫌いな音ではない。 
はずだった。 
 
脳味噌が、いきなり大量の虫に掻きまわされた気分になった。 
 
「うるせぇ!さわんな!!」 
 
大きな手を振り払う。 
反動で、びちゃりと破片が飛ぶ。 
薄暗い夜の明かりに照らされて、古ぼけた槍が、ぬらぬらと光っている。 
張り付いているのは、血と肉。 
もともと生物だったもの、それを殺したあとのもの。 
 
「・・・なんだ、てめぇ」 
 
不機嫌そうに顔をゆがめ、目の前のそれが更に低い声を出す。 
鋭い気配は、まだ拭いきれない殺気を孕んでいた。 
黒い煙を上げて、足元に広がる肉片が灰と化す。 
腐臭が鼻を突いて、混ざりこんだ自分の血のにおいに、吐き気を覚えた。 
 
なんで、こんなところに居る。 
 
腹の中で急激に膨れ上がった熱が、喉を突き上げて、悲鳴になった。 
何を叫んだか、よく覚えてない。 
 
「お前が!お前がいけないんだ!お前が・・・・!!お前なんか居なけりゃ!!俺は・・・ッ」 
 
槍を捨てて、目の前の化け物の胸を殴った。 
何度も殴った。 
化け物は一瞬驚いた顔をして、それから何かを悟ったように、静かに俺を見下ろした。 
 
学校で話を聞いたとき、大げさにおどけて、驚いた振りをした。 
驚きなんか、感じていなかった。 
恋人が出来た、だからどうと言うのか。 
そんなところに、何の感動も沸かなかった。 
凍りついた思考を支配したのは、耐え難い虚無感。 
異次元のものを感じ取った、恐怖。 
 
息が苦しくなって、腕が動かなくなった頃、そいつは小さな声で言った。 
 
「くだらねぇ。なんだってニンゲンは、そんなモンに執着する」 
 
繋がっていない事が、なぜそんなに恐ろしいのか。 
 
「お前と俺は違う!」 
「人間如きと同じにすんな。反吐がでらぁ」 
 
俺の腕を振り払い、化け物はチッと舌を鳴らした。 
そのまま崩れ落ちる俺に、奴は見向きもしない。 
地面の冷たい感触が、痛い。 
 
「うしお、頭のわりぃお前に、言って置いてやる」 
 
高い位置から化け物の声が振ってくる。 
綺麗にそろった鋭い牙。 
大きな口。 
目を奪うほど美しい、金色の獣。 
 
「ニンゲンどうしのつながりなんざ、はじめっからありゃしネェ。 
そりゃぁな、よわっちい動物どもが、勝手に思い込んでるだけのモンだ。 
オメーの身が危なくなりゃァ、つながりなんざ無視して、そいつは逃げるぜ?」 
 
おめえを、置いてな。 
 
冷たい言葉が、いやに醒めた思考を揺らした。 
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって、俺は泣いていた。 
何がこんなに悲しいのか、恐ろしいのか、よく解からなかった。 
 
「もうやだ!もういやだ・・・!!こんなの、やだよぅ・・・・!!」 
 
もっとみんなみたいに、 
普通に笑って普通に恋して普通に学校行って普通にメシ食って普通に寝て起きて、 
普通に、暮らしたいよ。 
 
どうしてこんな事になったの。 
どうして俺だけこんなところに居るの。 
一人で取り残されて。 
誰も知らない場所で。 
どうして。 
 
独りで泣いてるの。 
 
泣いて、喚いて、吐き出して、ようやく声と涙が枯れたとき、真っ暗になった夜の空に、ぽっかりと金色の月が顔を出した。 
綺麗で冷たくて、何も与えてくれない、高い高い場所にある月は、いつも通り無慈悲に輝いて。 
それから、ポツリとこぼすんだ。 
 
「うしお」 
 
って。 
何の感情もこもってない声を、くれるんだ。 
 
そして俺は枯れ果てた心の中に、勝手に芽を吹き出して、高い位置の金色に目を細める。 
まぶしいくらいに綺麗なそいつは、それ以上何も言わない。 
ここから先は、俺が決めなくちゃいけない。 
何も与えてくれない代わりに、アイツは何も求めない。 
 
ただ、そこに居るだけ。 
 
いつも、居るだけ。 
 
「とら・・・ごめん・・・・」 
 
がらがらに鳴った声を絞り出した。 
ゆっくりと足先に触れてみる。 
化け物は何も言わずに、俺をモノみたいに拾い上げた。 
 
「ごめん、ごめんな」 
 
長い金色の毛に頭を埋めて、繰り返す俺に、呆れたようにため息を付く。 
化け物はふわりと浮かび上がり、遠ざかる街明かりを、何もない目で見下ろしていた。 
 
「とら・・・」 
「うしお、忘れんな」 
 
言いかけた俺をさえぎって、とらが言う。 
コッチを見ようともせずに、一言。 
 
「オメーはわしが食うんだ」 
 
だから、しっかりしろよ。 
 
そう聞こえた気がしたのは、多分俺の勝手な思い込み。 
枯れたはずの涙があふれて、とらの頬に落ちた。 
とらはそれをぬぐいもせずに、俺を見た。 
キタネェな、って言って、俺を睨んだ。 
 
残った力の全部をこめて、俺はとらの髪を握る。 
 
とらがくだらないと言った、はじめからなかったはずのつながりは、 
多分そのとき、そこには、あった。 
 
       |